鳴らない電話

メールができるピッチに機種変更をし、そのお店に置いてあったパンフレットに目が止まった瞬間。
それが瑞穂の出会い系デビューへの第一歩。

「メル友イッパイ作ろう」の言葉に惹かれ、そこに入会することに決めた。
通信料の他に情報料がいるけれど、あまり気にも留めてなかった。
男女問わず、友達が欲しかった。

掲示板に書き込み、たくさんのひとから返事が入ってきた。
あからさまに「主婦って欲求不満なんでしょ」と入れてくるひとが多かった。
そんなことを言わずに「友達になろう」と入れてくれるひともわりといたけれど。

何人かのひととサイトを通じてメール交換をしてみる。
その中で気に入ったひととアドレスを教えあい、直接メールを始めた。
隣の県に住む７歳年下の若い父親。ちょうど瑞穂の下の子と、そのひとの娘さんが同じ保育園年長組。
メール交換をしていくうちに、そのひとに恋心が芽生えた。

偶然にも、瑞穂の勤めている会社の取引先のひと。
といっても、お互いの会社が大きいのでそれぞれの部署が直接取引きをしているわけではないけれど。
仕事をしていると、そのひとの会社名が見えるたびにドキドキしていた。

仕事の最中にこっそりメールを入れてくれてた。
瑞穂のお昼時間になると、仕事中にも関わらず携帯から電話を毎日入れてくれてた。
特徴のある声と喋り方。
非通知で電話が鳴るたび、ドキドキしていた。

そのひとは瑞穂には携帯の電話番号を教えてくれなかった。
「ストーカーに遭ったから」と。その代わりメールは文字電話から。
つまり、相手の文字電話とはメール交換はできても瑞穂から電話をすることも相手からかけることもできない。いわゆるメールをするだけのツール。
携帯電話を持っていたひとが、出会い系を利用するために文字電話を購入するひとが増えていたらしい。
後から聞いた話だったけれど。

携帯ユーザーに人気の文字電話。
それが後々瑞穂を苦しめた。

ブルーハーツの歌詞を送ってくれたこともあった。
「リンダ　リンダ」と「ラブレター」。
「俺の気持ちだよ」と言ったような気がする。
それとも…「好きな曲の歌詞だよ」だったのか。
覚えてない…。
あのひとは瑞穂に対して「好き」ということがなかった。
きっと自己保身ゆえに。

遂に初めて会う日がきた。

お互いの平日休みを合わせ、中間距離で待ち合わせ。
ふたりとも初めての場所で待ち合わせたものだから、すれ違いを重ねてやっとの思いで初顔合わせ。
「ヨメさんの知り合いがこの近くに住んでるらしいから、クルマの後ろに座ってね」と前もって言われていた。
哀しいけれど、この関係が消えてしまうよりは…。
身を潜めるように後部座席に座る。

「やっと会えたね」

恥ずかしくて顔が上げられない瑞穂の頭を優しく撫でてくれたあのひと。

「顔を上げてよ」

緊張で表情がこわばる。
ちょっとだけ上目がちにあのひとの顔を見る。

「可愛いね」

それだけ言うと、クルマを走らせた。

奥さんとのこと、家族のこと、いろいろ話してくれた。奥さんと一緒の時にしかつけない指輪も見せてくれた。
不倫なんだ…と改めて感じた。
辛い恋。

初めて「愛してる」と言ってくれた。
でもそれも瑞穂が言わせた言葉。
嘘でもいいから言って欲しかった。安心したかった。
心の安定をくれたあのひとの心を感じたかった。

帰り道、風車の立ち並ぶ光景を見た。
きっと忘れない、あの日の逢瀬、あの日の風車小屋。

飲みかけのアクエリアスのペットボトルを瑞穂に手渡してくれた。
「俺だと思って持ってろよ」と。
そして「瑞穂のと交換。瑞穂だと思って持ってるから」と。
嬉しかった。
嘘でも…嬉しかった。

会ってからもメールも電話も続いていた。
けれど、相変わらず電話番号は教えてもらえないまま。
今でも過去の浮気相手からのストーカーが続いているから教えられないと言われた。
その言葉が却って瑞穂を苦しめているとも知らずに。
そのひとと瑞穂は関係ないでしょと言いたかった。

元々淋しがりで甘えん坊の瑞穂。
あのひとからのメールが減り始めたことを敏感に感じ取っていた。
我慢していた、きっと休みで家族と一緒なんだと。
それでも…毎日あったメールが、電話が…本当に数えるくらいしか来なくなった。
それも何の前触れもなく、まったく来なくなった。



哀しい別れ方。

初めての辛い…不倫。
もう既婚のひとは好きにならないと誓った。

『嵐』のニノに似ていたあのひと。

サヨウナラ。